続・江戸の話 百十二


 女扮編。今回は元結の話の続きである
「我衣曰宝永より油元結店多く出たり元禄前より元結引ありと雖ども買人稀なる故に多くはなしと云々」
とある。「油元結店」は伽羅油・元結の店の意であろう。元禄以前にも元結はあったが、購入して用いる者はあまり居らず店も多くはなかった。それが宝永年間以降、増加を見たようである。
「男子の条にも亦こヽにも摎元結のことを専に云り其中こヽにはね元結と云は摎元結に非ず平鬠にて針銅を納れて上に反す故にはね元結と云也」
とある。「はね元結」は、男扮編にも記した摎元結(こきもとゆい)とは異なるものである。摎元結は紙に撚りをかけて作成する。はね元結は、撚りをかけていない平元結の一種で、中に銅製の針金を入れ、上に反り返るように加工されている。この形状が、名称の由来でもある。
「今の丈長紙は昔の平鬠の遺風也然れども平鬠は以之髪を束ねし也今のたけ長は摎元ゆひにて髪を束ねたる上に飾りとする而已也平鬠にも金銀等ありしと云然らば是れも摎元結の上にかけたる歟猶能可考今のたけながにも金銀赤黄青等種々あり」
とある。「丈長」は平元結の一種である。ただし「遺風」とあるから、守貞の頃には古くの平元結は姿を消していたようである。「丈長」は、元結としての役割は既に期待されておらず、摎元結で髪を束ね整えた上に、飾りとして用いるものである。それ故に、「金銀赤黄青」等で装飾を加えた丈長が存在した。ただし平元結の頃にも金銀等で装飾したものもあったと言うから、これも丈長と同様に用いたのであろうかと、判断を保留している。
「又昔は老夫の所用に細元結あり号てきんか鬠と云きんかは金革の下略にて老人の頭のはげて光る今のやかんと云を昔は金革に比したる名よりこれに用ふ鬠故にきんかと云也」
とある。昔は老夫が用いる「細元結」というものがあった。名称通り、細いものであったのであろう。別名「きんかもとゆい」。守貞は「きんか」は「金革」の下略とする説を採る。禿げて光る、所謂やかん頭を「金革」に擬えた。それ故、そうした老夫に用いる細元結を「きんか(元結)」と言うと考察する。もっとも、完全に禿げてしまっては元結を用いる余地は無いから、なにがしかの髪は残っている場合に用いるものである。「細元結」という名から見て、残り少ない髪を束ねるのに相応の、細いものを指すのであろう。
「今世は老人にも用之歟先専用之は稚女也今は訛てきんかん元結と云り金柑は果実の名なれば何に因て号之と思ひしに骨董集及び義明の女風俗考を見て金革のきんかと略し今きんかんと訛ることを知る」
とある。きんか元結は、古くは老人ではなく、専ら稚女に用いたと言う。細い元結であれば、稚女の髪を束ねるには便利であろう。
 後段、守貞の話題は「きんか」に戻る。「きんか元結」、訛って「きんかん元結」と呼ばれることもあった様である。「きんかん(金柑)」では果実の名前であって、なぜそのように呼ぶのか疑問が生じた。そこで『骨董集』・義明(「(生川)春明」の誤)の『(近世)女風俗考』を読み、「金革」の略であり、それが「きんかん」に訛ったことを知ったという。金柑も毛はなく光沢はあるが、守貞には違和感があったのであろう。「きんかく」であれば、金属製の武器と革製の防具。この際、革は加工に際し毛は除かれる。「きんかわ」であれば金色にした革。これも加工に際して毛は除かれ、かつ金色であるから光る。いずれの読みでも、一応は「禿げ」と関連付けられよう。



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    続・江戸の話 百十一


    『守貞謾稿』女扮編。元結の話である。これもまた男扮編との重複がある。
    「元結 もとゆひ髻を結の意也鬠の字を用ふ式正には組緒を用ふを本とす故に今世縉紳家はこきもとゆひにて髷をゆひたれども其上に紫組の元結を掛けたり武家は将軍以下用之玉はず蓋是男子也 男子の条にも元結のことを云合せ見るべし」
    とある。元結(鬠・もとゆい)は、髻(もとどり)を結うの意であり、正式には組紐を用いる。そのため官位の高い者は髷を摎元結(こきもとゆい)で結い、その上に紫の組紐の元結を掛ける。ただし官位が高い者でも、将軍以下武家はこれを行わない、と言う。
    「後世民間にては紙捻を用ふ落穂集云今時もてはやし候文七元結と申物以前は無之上下ともに手前にてよりこきを致し用ひ申たる事にて候又独語曰婦人は麻縄を用ふ又世事談には若衆女の長く用ふるは平元結とて紙を一寸許りに裁て巻そへし也」
    とある。『落穂集』によれば、撚り元結の一である文七元結は以前には無く、各自自製していた。太宰春台『独語』によれば、婦人は荒縄で結っていた。『(本朝)世事談(綺)』によれば、若衆・女性は長らく撚り元結ではなく、紙を一寸程度の幅に切った平元結を髪に巻いていたという。
    「同書曰摎元結寛文の頃より起る紙捻を長く縷て水に浸し車にて縷を掛て水をしごく故にしごき元結也又文七元結と云あり是は紙の名也至て白く艶ある紙なれば此紙にて製するを上品とす云々又或云文七は元結を製する人の名其角が隣にて製之と云は非なるべし」
    とある。紙に撚りをかけた摎元結(こきもとゆい)は、寛文年間に始まる。水に浸し撚り、水を扱き除くことから、扱元結(しごきもとゆい)とも呼ばれた。文七元結はこうした撚り元結の一で、「文七」というのは紙の名称であり、白く艶があることから、この紙で製造したものは上品とされたと言う。「文七」は元結を製造した者の名であるという異説もあるようである。
    「武蔵国名物類の内に髻結根本江戸に初る今世京都大坂にて専ら作之はね元結今あるものは近頃の物と見へたり元は今云丈長紙のたちたるやうなるして結ひたる物歟其末上に反りたるさまの絵にかけるがあるは是也」
    とある。元結は江戸で始まったが、後には京都大阪で専ら製造されるようになったと言う。跳元結(はねもとゆい)は、元来は丈長紙をたたみ平元結とて用いたものであったようである。絵に、元結の端が反るように描かれているのが、それであると言う。
    「思ふに今半掛など児女子の云める是ははねかけにてはね元結のかけを省き云にや斯て後いろいろ染紙して造れるも出来つる也一代女金銀のはねもとゆひと云条あり云々」
    とある。「はね元結」から「かけ」を省くの意は詳らかではないが、児女の言う「半掛」は「はねかけ」の意であるらしい。跳元結は、後には染紙を用い造るものも現れた。『(好色)一代女』には「金銀のはねもとゆひ」という条がある、云々と。以上は出『嬉遊笑覧』である。金銀の跳元結は、紙製の跳元結を、金銀の泥箔で装飾したものであろう。


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      続・江戸の話 百十


       『守貞謾稿』女扮編。鬢付油の話である。前回同様、男扮編との重複もあるので、概略のみ追おう。
      「昔は大名旗本適用之女は更に不用之こと今と反す男子昔用之一年一二両前髪の者二月一両若一月一両用之者あれば衆人驚語る其後漸くに専用す」
      とある。かつては女性はあまり用いなかったものが、次第に女性が用いるように変化したようである。
      「其碩が賢女心粧と云ふ双紙に姑六十年以前のことを定規にして嫁の髪ゆふを見るに伽羅の油を付らるヽがあれば武家方の中間奴などが髪にぞ付る物なるに女のあたまに付るとはあまり気疎きこと也」
      とあり、其磧『賢女心化粧』描写は、姑は嫁が伽羅油を用いるのを、中間奴が用いるものであるとして厭うている。これは、女性の伽羅油使用が定着する間の世代差を反映したものであろう。
      「また数馬より僅に先に江戸麹町に谷島の主水と云芝居女形俳優開此店江戸伽羅油店祖とす」
      とある。江戸の知名の伽羅油店としては、前出の中村数馬の店の他、麹町に谷島主水の店があったという。
      「又古はあぶらわたと云を用ふ膏沢和名抄云沢釈名曰人髪恒枯悴以此令濡沢也俗用油綿二字(阿布良和太)莬玖波集にあぶらわたをさし油にしたりけるにいとかうばしく匂ひければ上東門院兵衛灯火はたきものにこそ似たりけれ待賢門院堀河丁字頭の香や匂ふらん古は綿に香油を浸し置て用ふるのみ也」
      とある。伽羅油以前には油綿を用いたという。これは香をつけた油に綿を浸したものである。伽羅油と異なり固練りではないので、綿を用いたものであろう。香付には丁字香等を用いたようである。
      「花乃露 一代男に云したるき女の顔花の露にて光らせたる云々嬉遊笑覧云此花の露と云物薬油にて面につやを出す物也彼一代男に芝神明前花の露や十左衛門と見へたり江戸鹿子に伽羅油や花のゆつや芝神明前大好庵堂門前町林喜左衛門とあり十左衛門と云はなきをしか云るは偽作也 今世は花の露或は菊の露又は江戸の水等の名あれども皆同製成べき諸々にて売之也製之家により名を異にするのみ也又今世坊間の婦女用之者稀也御殿女中には用之者往々有之硝子の小陶に入て売之」
      とある。「花之露」は男扮篇に髪油として見える。しかしここでは「女の顔花の露にて光らせたる」「面につやを出す物也」とあるり、顔に塗る薬油である。同名の異物ではなく、どちらの用途にも用い得るものだったのであろう。「花の露」の他に「菊の露」「江戸の水」等が販売されていたが製法は同じであり、製造元によって名は異にしただけだという。


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        続・江戸の話 百九


         『守貞謾稿』女扮編。鬢付油の話である。とはいえ、男扮編にもほぼ重複する内容が見え紹介済みであるの、概略を眺めるにとどめよう。
        「昔は高貴の婦女及び上品の遊女は香を焚て髪に其香を染る也足利頃より此証書あり夫より古もある歟又貞享元禄以後髪に伽羅を焚染ること廃す歟猶後考すべし此事廃して伽羅油等を用ふことに成たる歟油にて香を付るは賤婦も用之こと是亦近年漸くに昌する也」
        「鬢付油 透油匂油も高貴の人の髪に油を用ひ庶人等は油を用ひずびなんかつら一名びなんせき又さねかつらとも云南五味子の茎を水に浸し其汁を用ふ」
        とあり、髪を整えるのに用いるものは、さねかずらから、香り付けをした鬢付油へと遷って行く。
        「鬢付油昔は伽羅油と云今も包紙には伽羅油と書く蓋此ごとく堅き油は近世の製也寛永の頃始て製す前髪ある少年は用之壮士は髪に用之ず頬髭に用之て伽羅は薬店に買之蝋燭の流に松脂を加へ自製す」
        とある。鬢付油は、昔は伽羅油と言い、鬢付油と呼ばれるようになっても商品の包装にはまだ「伽羅油」の表現が残っていた。かつて伽羅油は松脂・蝋燭の流れに伽羅を加えて自家製したらしい。
        「伽羅油店寛文以来江戸に五六戸是より先京師に伽羅油店あり正保慶安中京師室町髭の久吉売始む尋て三条宇賀縄手の五十嵐製之江戸にては芝の大好庵脊虫喜右衛門などを始とす」
        とある。この段は『本朝世事談綺』によるもの。伽羅油の店売は京都が先行し、やがて江戸でも行われる。
        「寛文中江戸室町一丁目に芝居若衆形の俳優中村数馬と云者店を開く髪油一両入一貝代二十二文極上同三十六文極上上黒匂油四十文一二三両は貝(蛤貝也)に盛り五両は曲物に入る因曰天保以来諸店すき油一両も曲物に納る」
        と、江戸での伽羅油店での価格の一例をあげている。蛤の貝殻を容器として販売され、分量が多くなると曲物で販売したものらしい。
        「数馬が売る等の油は実に伽羅を用るに非ず唯美名を冒のみ但龍麝の香は付る也又油と云ども其実蝋製也始め唐蝋を以て製之享保元文以来はぜのみ等を製して和蝋を製す」
        とあり、この店で売られる「伽羅油」は伽羅ではなく別の香を用いており、「伽羅」は単なる美名にすぎなかった。自家製の頃には伽羅を用いたという。伽羅の不使用はこの店に限ったものか、それとも使用自体絶えたものか。詳らかではない。


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          続・江戸の話 百八


           『守貞謾稿』女扮編。今回は、鬢付油の話題の導入である。
          「昔は髪を結ぶに五味子を用ふ 嬉遊笑覧云髪を結にびなんかつらとて南五味子の茎を水に浸し其ねばり汁を用ふ北条五代記に髪をばびなんせきにびんを高くつけあげ玉へりとあり」
          とある。髪を結う時に一種の整髪料を用いる。後には鬢付油を用いるようになるが、それ以前には蔓草から取った粘りけのある汁を用いていた。その草が美男石・美男葛、つまりはさねかずらであり、またの名を南五味子という。『北条五代記』にも用例があるというから、伝記であることを考慮の埒外とすれば、桃山の末頃には用いられていたということになろう。
          「又能狂言に麻生と云あり摺子木をびなんせきにて候とて鬂を撫付ることを作れり塩尻に今男女盛に五味子かづらを用ひて髪をかたむ是も中世よりせしことヽぞ」
          とある。狂言「麻生」中に美男石、『塩尻』に「五味子かづら」への言及があるから、さねかずらを用いるのはかつてもあったこと見るのである。ただし、男扮編にも「伽羅油 鬢付油之事 昔の高貴は髪に油を用ふ歟和名抄に載之たり然も士民は油を用ひず美なんかづら一名びなんせき又さねかつらと云を用ふ」とあった。美男石・美男葛とは言うが、「男女盛に五味子かづらを用ひて」云々とあるように、女性も用いたものらしい。盛んに用いたものか、
          「頃日は三州某の谷のびなんかつら採尽しけると京師難波東都は更也所々の都合及び田舎すゑずゑ迄是を用ざるはなしとかや是亦一時の妖草と云べきにや」
          とあり、さねかずらを採集し尽くしてしまうことも地方もあったようである。とはいえ、
          「かく云りしも廃れて今は久しくなりぬれど近頃迄油店の看板の上に束ねたる蔓を置たりしが夫も皆うせてなし唯両替町なる下村の店にのみ昔日の儘に白粉の看板上に載てあり其主に尋ねければ今も稀々是を求に来る者のありと云々
          」とあり、さねかずらの使用は、やがて廃れて行く。かつては、髪油を売る油屋の看板の上には、かつての名残か蔓を置いていたが、それも次第に失われていったと言う。
           次回は鬢付油に入ろう。


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