百年新報 (1914.04.22)


井上老候
「東京朝日新聞」1914/04/22

政変の為め、病躯を推して帰京したる井上候は、後継内閣も大隈伯によりて組織せられたるを以て、本月下旬、再び興津別邸に赴き、皇太后殿下御葬儀まで滞在静養すべしと云ふ。

【メモ】
井上馨の動向に関する記事。
例のコンソメスープを啜りながら、残日を過すのであろうか。


本芝の火事
「東京朝日新聞」1914/04/22

昨夜九時半頃、芝区本芝入横町 池貝庄太郎鉄工場より発火し、同工場及び隣家の榎並新六の鉄工場を半焼し、十時五十分鎮火せり。下人は漏電ならんと。

【メモ】
芝区での火災に関する記事。
落語「芝浜」の舞台といわれる本芝界隈も鉄工所が立ち並び、電化されている。


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    百年新報 (1914.04.21)


    米墨形成益急
    「東京朝日新聞」1914/04/21

    合衆国政府は墨西哥大統領ウェルタ氏に通告して曰く、合衆国は最早此上議論を為す事を許さず、二十一発の礼砲を発射するに非ざれば重大なる結果を生ずるに至るべし、と三時間の中に形勢は益ウィルソン内閣に不利となり、如何なる結果を生ずべきか不明なり。

    ウェルタ回答来らず
    「東京朝日新聞」1914/04/21

    華盛頓の時間にて二十九日午後六時迄にはウェルタ氏より合衆国の最後通牒を容るべき何等の意向を通知し来らざりき。同氏は墨西哥の礼砲に対し、米国が必ず答礼を為すべしとの保証を書面を以て為すべしと要求せり。米国は即座に之を拒絶し、且、最後通牒に対する明答を墨西哥の時間にて十九日午後六時迄に為さざる可らずとの警告を発せり。

    【メモ】
    米墨関係に関する記事、二題。
    開戦間近まで両国間の緊張が高まっている。


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      百年新報 (1914.04.20)


      南京の植林事業 貧民救助の一方法
      「東京朝日新聞」1914/04/20

      昨年革命戦後、貧民救助の目的にて創立されたる支那殖民協会の南京支部は、此程ベーリー教授指導の下に設立され、支那官紳の後援に依り二万元の資金を集め、革命以来混乱せる南京の貧民を使用し、紫金山一帯の植林に着手せり。主として鉄道枕木等を得る計画なるが、猶米国綿の移植を試みる筈。

      【メモ】
      南京に於ける植林事業に関する記事。
      記事内容だけを見れば頗る良い話のように見える。


      稀に見る良教員 深川明治小学校の訓導
      「東京朝日新聞」1914/04/20

      深川区万年町 明治小学校訓導 藤井文六氏は赴任以来、児童の教養に従事する事、前後六ヵ年、常に丁寧親切の評ありたるが、殊に本年三月卒業せる児童三十九名は東西も分らぬ一年生より、同氏の薫陶を受けたるものにして、保護者一同、当代稀に見る良教員として推奨置かず、今回、同区西平野町一 鹿取政治郎氏初め、榎本儀兵衛、松本政吉氏等、十名発起となり、藤井氏の指導を受けし児童の保護者より賛同を得て、金員を募集し、一通の感謝状を添ふるに、銀時計及び公債権を贈呈したるが、藤井氏は此好意に対し、児童一同に三省堂編纂の和漢文時点を夫々送りたりと云ふ。高給を追うて転々する教員が多きが中に、実に得易からざる良教員と云ふべし。

      【メモ】
      深川の一教員に関する記事。
      具体的な指導内容やその後については不明である。



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        百年新報 (1914.04.19)


        参謀次長更迭
        「東京朝日新聞」1914/04/19

        朝鮮駐箚軍憲兵隊司令官 中将 明石元次郎
        補参謀次長

        朝鮮駐箚軍参謀長 少将 立花小一郎
        補朝鮮駐箚軍憲兵司令官

        歩兵第三十六旅団長 少将 古海厳潮
        補朝鮮駐箚軍参謀長

        明石新次長談 寝耳に水の命令
        「東京朝日新聞」1914/04/19

        参謀次長に任ぜられたる明石中将は往訪の記者に対して曰く、只今人事局より電命に接したる所なるが、何等内交渉もなく命令に接したる次第なり。憲兵司令官の後任者たる立花少将も参謀長会議に列すべく、上京の途中なれば、定めて寝耳に水の感あるべし。後任者との事務引継は特別の命令なき限り、当地にて行ふべきものなれば、立花少将は直に引返し来るべし。

        【メモ】
        明石元次郎の参謀次長就任に関する記事、二題。
        当人にとっても予想外の人事であった模様。


        護境軍禁酒
        「東京朝日新聞」1914/04/19

        露国護境軍団長は全国護境軍に対し、最も厳重なる禁酒命令を発し、哈爾賓に於ても其命に接せり。此命令は頗る極端にして、将校集会所宴会にまで酒の使用を禁じ、観兵式にては祝盃を挙ぐるを廃したり。下士以下に対しては一層厳にして、一度現行を発見されたる者は下士に昇級せしめずと。

        【メモ】
        ロシア軍国境守備隊における禁酒命令に関する記事。
        不満が高まるリスク以上に酒の害が酷かったのであろうか。


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          百年新報 (1914.04.18)


          両大将待命
          「東京朝日新聞」1914/04/18

          海軍大将 山本権兵衛伯並に同斎藤実男は十七日、待命を仰せ付られたり。

          【メモ】
          山本権兵衛・斎藤実への人事に関する記事。
          シーメンス事件の責任を取る形か。


          吉原の独心中
          「東京朝日新聞」1914/04/18

          昨夜十一時三十分、浅草区新吉原角町三五 貸座敷 玉河内楼事 池野又雄方二階 四畳半の座敷に於て、同夜九時登楼したる下谷区中御徒町二の五五 安良岡倉二方同居 岡勝(二十三)は敵娼 錦事 桑原ぶん(二十三)の不在中、硫酸を服用して自殺を企てたるも、生命に別状なし。原因は商業失敗の為め。

          【メモ】 
          吉原での自殺未遂に関する記事。
          これを「心中」と呼んで良いものだろうか。





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