<< 続・江戸の話 百二十四 | main | 続・江戸の話 百二十六 >>

続・江戸の話 百二十五


 『守貞謾稿』女扮編。前回は婦人の風姿の話題であった。今回も女性の話題ではあるが、「婢」の話である。
「元禄中婢の風姿 婢を厨女とも炊婢とも云俗に下女と云」
「前図の髪形乃ち角曲髷也笄だるとも云ぐるぐる曲たる故也以上皆江戸の風姿也而も昔は三都とも大概異なる事なきなり」
とある。この場合の「婢」は、「めやつこ」ではなく「はしため」「ヒ」と読むべきであろう。婢は厨女・炊女とも言われ、俗に下女と言われたという。台所仕事に従事する、品からみれば下に属するもの、といったところであろう。髪形は、前回の話に「婢は家にありても角ぐる也」と見えたように角曲髷で、その名称の由来は「ぐるぐる曲たる故」であると言う。この髪形は、守貞の頃の江戸の風姿であるが、かつては京都大坂でも同様であったという。「
蓋豪賈の家には婢にも二階或は三四階の品を制す大概二品はある也二品の上婢を京坂に上の女子と云下を下の女或は飯焚女と云」
とある。婢の中にも更に品の違いがあり、品は2〜4に分かれている。二品に分ける場合、京都大坂では、上の女子・下の女(飯焚女)と言ったという。名称の差違から見て、上の女子は、炊事以外の内向きに携わったものか。
「江戸にて上婢を中働きと云下を飯焚女と云おまんまたきと云也則ち炊女也」
とある。江戸では中働き・飯焚女(おまんまたき)と名称は異なるが、飯炊女の方が下である点は京都大坂と異ならなかったようである。
「京坂豪富の三四品に別つものは上婢を腰元と云乃ち媵也次を中通りと云下を下の女と云」
とある。京都大坂の三四品に分ける例とはするが、実際には四分の例は示されていない。三分の場合、最も上が腰元、次が中通り、下が下の女と言ったものらしい。


是非、ワンクリックをお願いします

0
    是非クリックお願いします

    表示中の記事
    Amazonリンク
    カテゴリ
    検索
    メールフォーム
    ご感想等はこちらからお願いします
    過去記事
    プロフィール
    リンク
    そのほか
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM