続・江戸の話 七十六
『守貞謾稿』男扮篇の続き、髪型の話題である。ただし今回、ほぼすべて『我衣』からの引用であって、守貞の同時代描写は殆ど無い。
「我衣曰 寛文の比男子黒絲にて髪を結ぶこと流布す好色者のすること也云々とありて図を載られども伝写の誤ある故に再写を略す」
とある。江戸初期の寛文年間頃には、好色者の間で、髪を黒糸で結ぶことが流行したという。『我衣』には図が付されていたようだが、守貞の見た写本には「伝写の誤」があるらしく『守貞謾稿』には写録されていない。「右何れも図あれども写本にて伝写誤ある故に略之て再写せず後日善本を得ば補之」とあり、善本を入手したら図を補うつもりであったらしいが、現実には図は無い。図を示していないので良く分からない点もあるが、守貞は、
さて、守貞は以下、『我衣』から様々な髪型を紹介する。しかし、何れも図は無い。
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「我衣曰 寛文の比男子黒絲にて髪を結ぶこと流布す好色者のすること也云々とありて図を載られども伝写の誤ある故に再写を略す」
とある。江戸初期の寛文年間頃には、好色者の間で、髪を黒糸で結ぶことが流行したという。『我衣』には図が付されていたようだが、守貞の見た写本には「伝写の誤」があるらしく『守貞謾稿』には写録されていない。「右何れも図あれども写本にて伝写誤ある故に略之て再写せず後日善本を得ば補之」とあり、善本を入手したら図を補うつもりであったらしいが、現実には図は無い。図を示していないので良く分からない点もあるが、守貞は、
「当時羽折丈ケ中也今と相似たり蓋梅の散紋は必ず当時の風にも非ずして唯筆労を省きて此粗文を書くならん」と指摘する。図に示された羽織は梅の散紋であったが、それは当時風ではなく、図を描く労を省いて粗雑に書いたものであろうと推測するのである。これは髪型の問題では無いが、あるいは守貞は、髪型の描き方についても同様に粗雑であることを危惧したものか。なお、守貞が何故寛文の頃の羽織の事を知っていたのかは、詳らかではない。
と守貞は続ける。山東京伝『骨董集』に見える寛永正保の図は、篆書を連ねたような模様が記されているが、これは当時風のもので筆労を省いたものではないとする。
「前の寛永正保の風姿の打鞘の男の肩に横筋の如く篆書に似たる物を連ね書きしは当時の衣服の風也筆労を省く物に非ず」
さて、守貞は以下、『我衣』から様々な髪型を紹介する。しかし、何れも図は無い。
と、なまじめ(生締)・江戸材木屋風・辰松風・三つ折返・宮古路(文七)風等の髪型を記している。生締は歌舞伎、辰松風は人形遣、宮古路風は浄瑠璃大夫に由来する髪型である。芸能がファッションに影響を与えるのは、今日に限らず、江戸時代でも同様であったものらしい。
「我衣曰 貞享の比すき油にてすき毛筋を通じて奇麗に結ふ無中剃又無入髪元禄迄は御旗本は何れも合せ鬢也云々」
「又曰元禄の初中村伝九郎絲鬂此風を好む後甥に伝七と云者「なまじめ」と云風になほす江戸半太夫が風を少しなほしたるもの歟云々此亦図を再写せず」
「又元禄の比江戸材木屋風也つめ込と云中剃あり是も図あり今略之」
「又曰享保の比辰松八郎兵衛と云人形遣ひ此風に結ふ辰松風とて流布す曲を針にて留る云々図もあり略す」
「又曰芝肴屋日雇取など正徳此迄此風に結ふ三つ折返と云髪の根元ゆるくして下る元結巻曲刷毛さきともに一寸宛故に三つ折と云是も図あり」
「又曰元文元年より上方浄瑠璃太夫の髪の風を学び油にて堅め毛筋割れ目なし元結少し巻き入髪少し入れ刷毛先に竹串を入れ宮古路風とも文七風とも云ふ云々」
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続・江戸の話 七十五
『守貞謾稿』男扮篇を読みつづけよう。今回から、男性の髪型の変化を図を示しながら見て行こう。ただし今回、守貞の書き写した図が余り上手く無いので、図は別本から引用している。
とある。『寛永正保骨董集』という本があるわけではない。山東京伝『骨董集』に見える「寛永正保時代銭湯風呂古図」を指す。今回の図の引用も同書による。上図の右三名が守貞の着目する奴僕で、髪型が当時のそれと異なっていると言う。なお、髪型外の話題ではあるが、奴僕の一人は長大な煙管を持っている。これは彼が用いるものではなく、主人用である。奴僕に持たせるので、懐に入るような小形である必要はなかった。そのためか火皿も大きい。五服分入るから五服継の煙管と言う。また、奴僕の一人は風呂敷を持っている。物を包む布であるが、元は風呂に敷く布で、その名称だけは残った。
奴僕の左側に描かれた六名の内、刀を帯びていない者は女性であるから、男扮の話題からは除外しよう。左から三人目・四人目は、月代をせず乱髪にしている。守貞の引く『骨董集』には、
上図の一番左、また左図の左下の男性は、月代をしている。寛永正保の頃の男性は、必ずしも月代をしたわけではないという理解であろう。なお、左図左下の男性、風呂内で褌をしている。守貞も「当時は入浴にも必らず褌を放たず名付て風呂褌と云」と書き記している。「寛永正保時代銭湯風呂古図」を参照している為か、髪型以外の風俗への言及が、やや多い。
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「寛永正保骨董集に所載銭湯風呂の客の帰路の体也 同書云当時は常には煙管を持ず適遊行の時は自ら懐中せず奴僕に持す故に丈長し火皿甚大なり 奴僕の頭髪今と異也又此奴僕の持るは所謂風呂敷也当時は風呂の敷物を包む料となりても風呂敷の名目は残れり 一代男云五服つぎのきせると云是也」
とある。『寛永正保骨董集』という本があるわけではない。山東京伝『骨董集』に見える「寛永正保時代銭湯風呂古図」を指す。今回の図の引用も同書による。上図の右三名が守貞の着目する奴僕で、髪型が当時のそれと異なっていると言う。なお、髪型外の話題ではあるが、奴僕の一人は長大な煙管を持っている。これは彼が用いるものではなく、主人用である。奴僕に持たせるので、懐に入るような小形である必要はなかった。そのためか火皿も大きい。五服分入るから五服継の煙管と言う。また、奴僕の一人は風呂敷を持っている。物を包む布であるが、元は風呂に敷く布で、その名称だけは残った。
奴僕の左側に描かれた六名の内、刀を帯びていない者は女性であるから、男扮の話題からは除外しよう。左から三人目・四人目は、月代をせず乱髪にしている。守貞の引く『骨董集』には、
「同書曰当時は男女共に鬂付油を用ふ者稀にて美軟石にて毛を付し也埃かヽりてよごれ易き故にや風呂に入る毎に髪を洗ひし也風呂入する者乱髪なるは此故也云々」とある。男女共に鬢付油を用いる者は殆どおらず、美軟石(美男葛・サネカズラ)を用いて髪を整えていた。髪が汚れ易く風呂に入る毎に髪を洗う。そのため、髪を整え直すまでは乱髪であったようである。
上図の一番左、また左図の左下の男性は、月代をしている。寛永正保の頃の男性は、必ずしも月代をしたわけではないという理解であろう。なお、左図左下の男性、風呂内で褌をしている。守貞も「当時は入浴にも必らず褌を放たず名付て風呂褌と云」と書き記している。「寛永正保時代銭湯風呂古図」を参照している為か、髪型以外の風俗への言及が、やや多い。
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