続・江戸の話 八十七
『守貞謾稿』男扮篇。髪の話の続きである。
前回は江戸より前の児童の髪型の話で終わった。守貞は同時代の様相について、
さて、「童」とは何歳までを指すのであろうか。これも一定したものではないようで、
なお、今回紹介した話では、守貞は「寛永正保(頃の)古画」に基づいて種々の考察を示している。ところが守貞が依拠した山東京伝『骨董集』では、少なくとも前図には「寛永正保頃の古画」とは書いていない。京伝が絵の筆者は詳らかではない旨を述べ、その画風から年代を寛永正保の頃であろうと推定しているのみである点には、注意が必要である。
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前回は江戸より前の児童の髪型の話で終わった。守貞は同時代の様相について、
「今世は縉紳家童形古と変じ又武家庶人の童形も更れり而も武家と庶民と其形相似て唯同形の中に小異あるのみ也」と記す。つまり前回紹介した「古の縉紳家童形は髪を長く背に垂れて」云々というような髪型は、守貞の頃には既に変じてしまっている。武家・庶民についても同様である。そして武家と庶民では、童の髪型は似ており小異しかないと言うのである。
さて、「童」とは何歳までを指すのであろうか。これも一定したものではないようで、
「貞享印本一代男曰此四十年跡迄は女子十八九迄も竹馬に乗て門に遊び男の子も定つて廿五にて元服せしに斯もせわしく変る世や云々四十年前は乃ち正保中に当る当時男子元服二十五歳を例とせし歟今世は十五六歳を例とし十九を晩とす又享保中既に早くすと雖も今の如にあらずして漸くに早くなりたるならん末世に至らば十歳未満にて元服することに至るべし」とある。江戸前期貞享の頃の書に見える40年前、正保の頃の風習では、男性は25歳で元服したと言う。つまり、それまでは元服前の髪型ということになろう。守貞の頃には15・6歳で元服、19歳で元服するのは遅いとする。典拠未詳ながら江戸中期の享保年間には、守貞の頃ほど早くはないものの、25歳よりは早く元服していたと言う。守貞は、このように元服が早くなることを踏まえ、後世には10歳未満で元服するようになる可能性に言及している。
とある。守貞は左上・下段の図しか示していない。右は守貞が依拠した山東京伝『骨董集』に見える全体図であり、右の人物が着ているのが「蝙蝠(かわほり)羽織」である。守貞はこの二人を少年とみなし、寛永正保頃の少年の髪型に「乱れ垂」「茶筌髪」「前髪を平元結」等の特徴をみとめている。
「寛永正保頃の古画に所載也髷也又当時鬂髪の図の如く乱れ垂たる者多し」
「二図とも少年と見ゆ乃男服の蝙蝠羽織着たる図也 下のは茶筌髪也又前髪を平元結にて結べり」
とある。守貞は寛永正保の頃までは、男性は24・5までは童姿で過ごし、これを「大若衆」と言ったとする説を引く。「右の図面貌自ら十余歳の者に非ず乃ち彼おヽわかしゆ也」とも記しており、寛永正保の頃の古図に童姿の者が夥しく見えるが、これは「大若衆」であって守貞の頃の童子とは年齢が異なるものであることを指摘する。更に守貞は、「大若衆」の理由として「男色」が盛んであったことをあげ、その根拠として天正の頃の作『古今若衆』の序を示す。『古今若衆』は『古今和歌集』と同音。大田南畝『三十輻』は細川玄旨(藤孝)の作とみなしているが、詳らかではない。
「或書云昔は寛永正保の比迄は男は大方二十四五歳迄は童姿にて有し是を大若衆と云える二百年前の古図が童姿の夥多見ゆるは則ち此大若衆也これは全く男色の盛りなりし故也天正比の戯作古今若衆序云是より先の人々を集めてなん大若衆と号けられたりける云々」
「寛永正保古画として前図と共に骨董集に所載也同書に美少年の男子也と云り愚按には当時の男色の類也 蓋当時は近世の如く別に男色を売る家ありて士民の少年を通ずる而已歟」とある。前図同様『骨董集』に拠るとし、美少年の図を引き、これは当時の男色の類であろうと推測している。
なお、今回紹介した話では、守貞は「寛永正保(頃の)古画」に基づいて種々の考察を示している。ところが守貞が依拠した山東京伝『骨董集』では、少なくとも前図には「寛永正保頃の古画」とは書いていない。京伝が絵の筆者は詳らかではない旨を述べ、その画風から年代を寛永正保の頃であろうと推定しているのみである点には、注意が必要である。
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続・江戸の話 八十六
『守貞謾稿』男扮篇。髭の話を続けようかとも思ったが、『嬉遊笑覧』からの引用等、既出の内容との重複が多い。そこで髭の話題は切り上げて、児童の髪の話をしよう。ただし今回、江戸より前の時代が中心である。
縉紳家ではなく武家ではどうかと言えば、
髪型の話題からは離れるが、上図の右には竹馬が見える。今日の竹馬は、二本の竹に乗って歩行する遊具である。この図では一本の竹に跨っている。守貞も態々「昔の竹馬は生竹に乗りし也今は竹竿に馬頭の造り物を付也」と書き記しているから、守貞の頃には、一本の竹に跨る竹馬は既に廃れていたのであろう。
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「童形の髪 古の縉紳家童形は髪を長く背に垂れて入元結を以て結之是を児風と云入元結のこと御殿女の条に図す又或曰児髪の結ひやう鬠は薄様紙或は檀紙也元結の左を上げ右をさげて右仰き左俯き髪は左の脇に垂る紙捻を以て一二所を結び髪結形は鴛鴦の羽形を常態とす云々 守貞曰是は皇子等の童形也又古の児は眉を剃りて書眉を造り白粉及び鉄漿を染るとも云り」とある。高貴な家での元服前の髪型は、髪を長く背中に垂らし入元結で飾る。入元結は元結とは別に装飾用に結ぶものである。元結は薄紙・檀紙製で、左を上げ右を下げるように結び、髪は左脇に垂らす。入元結の形状は通常おしどりの羽根の形である等々。ただし守貞はこれらの伝を皇子等の童形に限られたものと考えたようである。また、昔の児童は眉を剃り描き、白粉・お歯黒を用いたとも言う。これもおそらく縉紳家に限った話であろう。
とある。「祐信」は西川祐信。江戸中期の浮世絵師として知られる。ただし守貞は、これを元文年間の風習を描いたものではなく、前述の「ちごふう(児風)」に近いものであろうと見なしている。
「下に図する物は元文中刊本に所載画工は京師の祐信也当時の風に非ずして粗前に云ちごふうに近し」
縉紳家ではなく武家ではどうかと言えば、
「古の武家の童形は髻を結ふに平元結を用ひ髪を背に垂れ肩の辺にて其末を斬る也是を喝食と云也 守貞云平元結は今の丈長紙に似て薄様紙を細く帖み用ふる也丈長は帖ざる也 喝食の風今武家にて坊主と云者年長したるは薙髪也少年は髻をまき元結を以て結之髪先き四五寸にて斬之前に曲ずして背の方へ挽る也蓋油にてかためたる形の慈姑の芽に似たるが故に俗に彼髪風をくわひのとつてと云也是昔の喝食風に近き歟又山伏の髪老少ともに似之者多し 喝食は素襖は着すれども烏帽子を着ず元服の時髪を短くきりて始て烏帽子する也」とある。紐ではなく幅の広い平元結を用い、髪を背に垂らして、肩に達する程度の長さで切り揃える。このような姿の稚児を喝食と言う。守貞によれば、平元結は守貞の頃の「丈長紙」と似たもので、薄紙をたたんで調整したようである。この髪型は、髪の形状がクワイの芽に似ていることから「くわひのとつて」と言う。
とある。「土佐刑部大輔光長」は常盤光長、「稲荷祭の絵巻」は『年中行事絵巻』中の「稲荷祭」。守貞の頃から凡そ600年前、12世紀の児童の髪型ということになろう。また、
「此図土佐刑部大輔光長筆にて稲荷祭の絵巻に所載順徳帝御宇の古書にて今より逆算すれば大略六百年前童形也」
「前の稲荷祭の童形と甚だ異也前のは田家等の童是は京童歟 又袴着たるは民間の児には非る歟 兎角其風姿は異なれども童遊の情態は異ることなし」ともある。守貞はこの図について「円光大師伝に所載 正和中の古書を模して元禄十三年印本とす然らば五百年余(前)の童形也」と記している。しかし「稲荷祭」の図と装いと甚だ異なっている理由を、年代の相違には求めていない。守貞は、この図に見えるのは京の都の童で、袴を着ていることからみて民間の児ではないのではないか。これに対し「稲荷祭」に示されたのは田舎の童であろうと考えるが、当否は明らかではない。
髪型の話題からは離れるが、上図の右には竹馬が見える。今日の竹馬は、二本の竹に乗って歩行する遊具である。この図では一本の竹に跨っている。守貞も態々「昔の竹馬は生竹に乗りし也今は竹竿に馬頭の造り物を付也」と書き記しているから、守貞の頃には、一本の竹に跨る竹馬は既に廃れていたのであろう。
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